『メタルマックス3』を描き終えて 山本貴嗣
私とミヤ王氏が故郷の山口県を後にして東京の土、いやアスファルトを踏んだのは、1977年(昭和52年)のこと。
20世紀が終わるまでまだ20年以上もありました。
マンガ雑誌の編集部でSFはうとんじられ、新人の原稿のイントロに「21世紀」とか「200X年」と書かれているだけで敬遠された時代です。
先日もほかの同世代のマンガ家さんと当時のマンガ界の嫌SF状況に関してツイートしていましたら 「それはおかしい、諸星、星野といった先生方も手塚賞を受賞し活躍されていたではないですか」 という意味のツイートをくださる方がいらっしゃいましたが、あの方々は一種の別格扱い(実際それだけの技量をお持ちだったからこそ)のようなもので、一般の新人マンガ家あるいはマンガ家志望者には大変不利なジャンルだったのです(当時を肌で味わった業界人でないとピンとこないのは無理もありません)。
映画『スター・ウォーズ』のヒットなどで、かなり流れは変わりましたが、「21世紀」が「荒唐無稽」「絵空事」の「夢物語」扱いを受ける日々は、その後もしばらく続きました(笑)。
ゲーム『メタルマックス』第一作が世に出たのが、1991年。
キャラクターデザインとして参加した私は、当時マンガで晴らせなかったSF的なアイデアを、思う存分使わせていただきました。と言ってもアイデアの大半はミヤ王氏はじめ制作スタッフから提示されたもので、私はそれを膨らませてヴィジュアルにする役目でした。描いている内にイメージが発展して、こちらから逆提案し、採用されたものもあります。私もミヤ王氏も学生時代はかなり筋金入りのSF者でしたから、ある意味理想的なタッグだったと思います。
そしていつしか時は過ぎ、時代は「21世紀」♪
SFは特別な独立ジャンルではなくなり、普通のマンガやドラマ、映画に、自然に取り入れられるようになりました(ディープなハードSFはまた別ですけども)。
そればかりか、一部の戦車に自動迎撃システムが搭載され、人工知能搭載の無人車輌やハチドリ式の飛行物体までもが開発される世の中。
ようやく現実がメタルマックスに追いついてきたか、と私は苦笑しましたが、こと戦争の道具という意味では、あまり笑ってもいられない話です。
ただ、人類の歴史から争いが消えない限り、それは避けられないことだと思います。
メタルマックスの世界は、「大破壊」後の「ディストピア」ですが、そのような状況においてもなお、互いに争い、傷つけあうのが悲しい人間の性(さが)であり、それは少し誇張されただけの「今ここにある現実」にほかなりません。
一方、そんな地獄の中ででも、助け合いいたわり合う人の真実もある。
そういう姿を描くことは、私なりの世界に向けたエールの送信でもあります。
これからも機会をいただける限り、描いていければと願っています。
古いファンの方々も新しいファンの方々も、本当にありがとうございました♪
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