帰ってきた『METAL MAX』

一一すベての熱き賞金稼ぎども一一

今をときめく個性的なゲームデザイナ一たちによって制作された、ファミコン版『METAL MAX』。そのメンバーのひとりである、とみさわ氏にメッセージをもらった。

「ボードゲームを作ろうぜ!」

いまから7年前。ことの発端は、ゲームデザイナー宮岡寛さんのひと言でした。

当時、ぼくらは『モノポリー』や、ファミコンの『鉄道王』というゲームに熱中していたり、さくまあきらさんの『桃太郎電鉄』が人気を集めはじめていた時期でした。

「ボードゲームはルールさえ決まれば作るのは早い。サクッと作ってひと儲けしようぜ!」

いま振り返ってみれば、ゲームデザイナーとしてたいへん不純な動機だったとは思います。けれど、そのときのぼくらの一攫千金を狙うハンターのような気持ちが、のちに『METAL MAX』の主人公に投影されていき、賞金稼ぎたちがうろつく、あの独特の世界観ができあがったとも言えるのです。

さて、ボードゲームを作ろうと考えたぼくらは、企画を練りはじめます。

「まず舞台となる土地を用意しよう」

「そこには小さな街がいくつかあり、プレイヤーたちはそれぞれが自分の街を育てていくんだ」「街を育てるためには資材が必要だな」「資材の運搬用に卜ラックを用意しよう」「じゃあ、その卜ラックがプレイヤーのコマになるわけだ」「運搬中に敵があらわれて戦闘になるってのはどう?」「だったら迎撃できるように、卜ラックに兵器を積もうか」「それなら卜ラックじゃなくて戦車にしようよ」「だったら、街を育てるよりも戦車を強くしていくほうが面白そうなんじゃない?」

こうして、ボードゲームの企画はいつのまにか“戦車を改造するRPG”になってしまいました。この時点で、最初のひと言があってからすでに1年が経過しています。しかし、基本方針が決まれば早いもので、部の仕様、指名手配のシステム、それぞれの街のマップデザイン、ダンジョンの仕掛けなど、つぎつぎと決まっていきます。

ところが、テレビゲームにはメモリの制限というものがあり、アイデアが出れば出るほどそれが入りきらなくなる。あるいはファミコンの表現能力の限界といった壁に突き当たったりもします。どのアイデアを採用して、どのアイデアを切り捨てるか。ファミコンの制約のなかであがくうちに、どんどん時間は過ぎていきます。

そうして2年後、『METAL MAX』は完成しました。はじめに宫岡さんの「ボードゲームを作ろう!」というひと言から、すでに3年が経過していたのでした。

その時点でぼくらは持てる能力とアイデアのすべてを出しつくしたつもりでしたが、さまざまな制限のために、やり残したことも数えきれないほどあります。それらは制作スタッフたちの心のなかで小さな不満となって、この数年間くすぶり続けていたものです。

そういった不満を思いっきり発散させて、新たなアイデアも満載させたのが、このたび発売された『METAL MAX RETURNS』です。単なる復刻版ではなく、シリーズの最新作と言っても過言ではないだけの新しい面白さを備えた作品に仕上がったと、スタッフ一同で自負しています。

ファミコンの1作めから遊び続けてくれている人も、『RETURNS』ではじめて『METAL MAX』の世界に触れる人も、一攫千金をめざすモンス夕一八ンタ一となって、思うがままに戦車を乗りまわしてください——。

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