インタビュー:デザイナー・紀世俊

[作品世界を描き上げる伝道者]

『メタルマツクス3』では、プレイヤーが乗り込むクルマや敵モンスター、ダンジョンのイメージイラストなど、多くのデザインを手がけられたデザイナーの紀世俊氏。開発チームのひとつ、キャトルコールに所属しているということ以外情報が少なかった紀世氏だが、11月某日ついにインタビューが実現。謎に包まれたその素顔に迫っていこう。

——では最初に、紀世さんが今回『メタルマックス(以下MMと略)3』に関わるまでの流れについてお聞きしたいと思います。ちなみに過去のシリーズ作品はご存知だったんのでしょうか?

紀世:じつは私は韓国出身なんですけれど、昔の韓国にはゲーム市場があまりなかったので、若いころはゲーム自体に縁がありませんでした。ファミコン時代からある『MM』シリーズはファンの方には懐かしいゲームなんでしようけれど、私にとっては逆にすごく斬新で新鮮なゲームに感じました。そもそも私は韓国にいたころは、ゲーム業界を目指していたわけじゃなかったんです。

——すると日本にいらしたきっかけは?

紀世:韓国では映像関係の会社に入っていたんですが、あるとき辞めてふらっと日本に行ってみようかなと思いまして。実際に来てみたらすごくよくって……何というか日本が自分のふるさとみたいに感じたんですよ。

——そんなに居心地がよかつたんですか?

紀世:私は、韓国の社会では“異邦人”って呼ばれていましたから(笑)。学生時代にも“アウトサイダー”だなんて言われてて。

——絵のデザインは学校で学ばれたのですか?

紀世:そもそも大学で日本文学を専攻し、日本の歴史小説を研究していたのですが、あるカーデザインポスタ一を見て「あつ、こういう仕事もおもしろそうだな」と思い、デザインの先生を紹介していただいたご縁で美術大学に入りました。

——思い立ったら、すぐに体が動いちゃうタイプなんですね。

紀世:そのあと、すぐに就職先が見つかりまして。お金が必要だから会社行こうかなと。

——それがさきほどおっしゃっていた映像関係の会社だったのですね。

紀世:映画やCFの特殊効果を作る会社ですね。アメリカのワーナーブラザーズの仕事とか、ハリウッド関係の仕事もありました。私がそこでやっていたのは、CGオペレーターの仕事です。その仕事をやっているころから、ゲーム、アニメ、マンガなどのコンテンツビジネスでは日本がすごかったので興味がありましたね。エンターテインメント産業では、ハリウッド映画か日本のゲームが世界トップクラスでしたから。で、行ってみたいなと思し、続けて本当に来てしまったと。

——来日後、スクウェア•エニックスさんで『ファイナルファンタジー』や『フロントミッション』シリーズに携わったとお聞きしました。

紀世:『ファイナルファンタジー』などのアート・デザインの仕事をやっていたのですが、ゲーム業界での自分の仕事は、復元というかルネッサンス……昔のゲームを再解釈して再構成する。そういうことをやってみたいという願望が出てきたんですよ。ちようどそのころ、キヤトルコールさんから『MM3』のメカデザイナーを捜していて、私のようなタイプの絵を描ける人間が欲しいと連絡があり、このプロジェクトをお手伝いすることになりました。じつは、私は日本で仕事をしながら大学に通っていて、当時からキヤトルコールさんとお仕事をさせていただく機会があったんです。

——仕事と同時に大学にも行かれてたんですか!?

紀世:学費が必要だったので、キヤトルコールさんにはたいへんお世話になりました。そういえば、そのころは仏像作りなどもやっていましたね。

——仏像っ!?

紀世:仏像好きなんですよー!もう自分のお寺を持ちたいくらい!(笑)じつは日本の大学では仏教美術とテキスタイル(布地・織物デザイン)を専攻しておりまして。在学中に奈良と京都に2週間ほど滞在して、研究者という資格で普段は見せていただけないような仏像も見ることができました。あれはよかったですねー。

——そういえば、ゲーム中に布教砲(あしゅら像を乗せた戦車)が出てきますが、あのデザインも紀世さんでしたね。

紀世:じつは今回のお仕事中、途中でちょっと個人的にスランプみたいになったことがあって、申し訳ないんですが仕事が進まなくて……。

——どうされたんですか?

紀世:お寺で修行してきました(笑)。浅草の西本願寺のお坊さんと親しくて、そのご縁でお寺を紹介してもらって。そこにだいたい2遇間くらいいました。朝5時に起きて、厨房でご飯作ったり。

——本当にお寺が好きなんですねえ。

——では具体的な『MM3』でのお仕事のお話などもお聞きしたいですが、紀世さんが手がけられたのはイメージイラストと、背景イメージと、あとはクルマにモンスターのデザインですよね?

紀世:初めて描いたのがこのイメージボード(→P078)ですね。これはバイクのリテイクが多かったんです。プロデューサーがバイク好きな方でして。もうハンドルの角度とか細かい部分まで(笑)。何より『MM3』関係で最初に世に出るイラストですし、17年ぶりの『MM』ということもあって、とくに関係者のみなさん揃って力が入っていました。

——完成まで2~3ヵ月かかったとか?

紀世:このイラスト、皆さんのご意見を取り入れながらやるということで、人物や背景の位置や大きさを自由に動かせるように最初から考えてデータを作っているんですよ。たとえばプロデューサーはバイクにいろいろこだわるんですが、ディレクタ一の田内さんは船(タンカー)が好きで、宮罔さんは全体の配置にこだわるタイプと好みがバラバラで(笑)。完成に至るまでに、そのようなみなさんの意見を全部取り入れて作っていきました。打ち合わせは2週間に1回くらいやってましたけど、そのたびに絵が変わっていきましたね。

——それは大変だったでしょう?

紀世:あとからお聞きしたんですが、打ち合わせのあとで宮岡さんが「大丈夫?紀世さん怒ってない?」ってよく気にしていたらしいです(笑)。

——2枚目のイメージボード(→P079)も、細か込み多くて時間がかかっていそうですね。 

紀世:いや、じつはこれは私が好きに描かせてもらったんで早かったですよ。フイニッシュまで2週間くらいです。たしか『MM』世界の生活感を絵で表現しようというテーマだったんですよね。でもこの絵'つい先日お聞きしたところ、けっこう評判がよかったみたいで安心しました。聞くまで心配だったんですよ(笑)。今回の作品にはほかにもクリエイターの方が大勢加わっているんで、基本的に私は自分の色をなるべく出さないようにしていたんですが、この絵は本当に好きに描いちゃっていますから。

——この紀世さんの絵を見ていると、『MM』の世界観のあまり見えてなかった、人々の生活の部分が見えてくる感じがして本当にいいですよね。あとは背景のデザイン画を描かれていますが、3DCGのように見えますね。ツールは何を?

紀世:フォトショップのみですね。あとはノートを1冊と万年筆。このノートにアイディアや原図を描きためていきます。こういう仕事していると使う機材がたくさんあったり、資料が山ほどあったりと思われることが多いんですが、意外とアナログなんです。パソコンも古い型だし。しかも、ノートはだいたい外で描いてくるんです。私は、散歩が好きなんですよ。で、外で描いてきた原図をもとに、仕事場に帰ってきてからフォトショップ上でいろいろ描いていくという感じです。

——今回のお仕事で苦労された点は?

紀世:やはりバイクですかれ(笑)。私はクルマは好きだったんですけれどバイクは詳しくなくて。バイクってけっこうデイテール細かいじゃないですか?最初なんとなくこんな感じかなと描いたら、いまひとつうまくいかなくて。バイクやクルマのメカって、仕組みや原理を知らないとステッブの位置ひとつ取っても違和感が出てきますからね。それでバイクのことを勉強していろいろ調ベて。最終的には現実のバイクに近いデザインができるようになりましたね。やっばりデザイナーはアーティストとは違うので、ちゃんとクライアントの要求に応えられないとダメですから。

——実際にないデザイン……たとえばサイファイやディノヒウスのようなくるまは?

紀世:私はSF系のデザインは得意なんですが、『MM』はやや80年代のSFテイストもありますから、そのへんは修正していますね。またみなさんそこにこだわりがありましたし。でも自分のデザインの出来がいいとほめられるよりも、みなさんの意思を結集させて何かを作り出すところに、私は喜びを見出すタイプなのです。会議とかでもバソコンを持って行って、みなさんのご意見を聞いてその場で直接原図を修正していきます。また、宮岡さんは宮罔さんで、原図のコビーにどんどん注文を書き込んでこられて(笑)。でもみなさんの情熱というか愛情が伝わってきたので、そういう修正は苦にならないんです。情熱があって言ってくれれば、私はいくらでも受け止めたいんですよね。

——クルマがお好きということでしたが戦車はいかがですか?ミリタリー趣味があるとか?

紀世:趣味というか……私、軍隊にいた経験があるもんで(笑)。

——あ!そういえば韓国は徽兵制でしたね。

紀世:私が軍にいたころは工兵をやっていまして、対戦車地雷や対人地雷を埋設したり除去したりという仕事だったんです。ただそれは戦時の業務で、平時は建設作業員ですね。うちの部隊だけで飛行場をふたつ作っています。だから戦闘機とかヘリコプターは毎日見てました。

——本物を真近で見ていられるんですものね。

紀世:あとは歴史小说が好きだったので、戦記物とかそういうのにも興味があって、兵器関連の解説書もたくさん見ていたから、そのあたりの知識は普通の方以上にあるかもしれませんね。

——デザインに関して、紀世さんの個人的なこだわりというと何でしよう?

紀世:私は、絵そのものよりもその背景や設定に興味があるというか……。絵にしろ文章にしろすぐれた人の作品を見ると、表面的な見た目や言葉以外に漏れてくる光というか閃光があるんです。そういうものが好きで、そういうものを描きたいんです。それが自分なりの美学ですね。デザイン技術それ自体にも価値はあるんですが、それよりもつと奥深いところを目指すというか。いろいろな人の意見や世界を取り入れて、最終的に奥が深いものができあがつていくといいなと。私はデザイナーという肩書きですけれど、基本的には自分をエヴァンジエリスト(伝道者)だと考えています。絵を描いて自分の主張を伝えるのではなく、スタッフのみなさんのご意見を聞いて『MM』 の世界をユーザーのみなさんに伝える発想でやっているんですよね。

——宮岡さんやほかの方々の言葉を絵として伝えたり、あとはバイクへのこだわりを伝えたり。

紀世:バイクに関してはちゃんと勉強して頑張りましたから。こだわりは伝わってますよ!

——では、最後にこの本を購入されたみなさんに何かメッセージをいただきたいのですが。

紀世:う~ん……さっき何かいいこと思いついたんだけど、忘れちゃって……すいません、何かいいフレーズありませんか?(笑)

——たとえば、設定画を見てもう一度プレイしていただければより楽しくなりますよ、とか?

紀世:あ!さつき私が思いついたのもそんなだったような気がします(笑)。そうですね、最新のゲーム機だと原画のとおりにゲームで再現できるんですけれど、DSの画面だとアレンジが必要になります。ぜひこの本で、私の描いたもとの絵もユーザーの方々に見ていたたきたいですね。

——紀世さんの絵のポリシーといっしょですね。ゲームで見えるのは氷山の一角で、設定画にはそこで見えないものもあると。

紀世:そうですね。設定画を見ていただければ、もっと奥深い世界が見えてくるんじゃないかと、思います。できれば、もう一度プレイして『MM』の世界の奥行きを見てもらいたいなと。

——分かりました。これから私も周回プレイに励みます(笑)。本日はありがとうございました。